にらさき日記

20代男性のブログ。日常、旅行など

スミソニアン航空宇宙博物館の別館の展示機 第2次世界大戦中の米軍機 ~B29 エノラ・ゲイなど~

2025年3月に訪問した、ワシントンDCのスミソニアン航空宇宙博物館の別館の展示機材の記事です。博物館の概要はこちらの記事をご覧ください。

ma-te.hatenablog.jp

washington.org

今回の記事では広島への原爆投下で知られるB29 ENOLA GAYをはじめとする、第二次世界大戦中の米軍機の展示の様子を紹介します。

B29 ENOLA GAY

言わずと知れた世界初の原爆投下機。解説板の記載はほんのわずかであったが、機体に触れることができないようにジャッキアップされていたり、アクリル板で隔てられたりしていた。一撃で広島を破壊するにしてはいささか小さい機体のイメージを受けた。

ボランティアと思われるツアーガイド氏の説明では、技術的な諸元に加えて、世界初の原爆投下はもちろん、3月10日の東京大空襲で同型機が主な役割を果たし、その下で街が焼けたことや原爆で人がどうなるかなども話されていた。想像以上に中立的な立場で説明をされているように感じた(展示板上ではほとんど触れられていなかった)。ノリの良さげなアメリカ人と思しき観光客が話を聞くうちに神妙な表情に変わっていったのが印象的だった。

スペースシャトルを見たいがためにこの博物館を訪れたが、そのまえに、衝撃的なシルエットが飛び込んできて身震いをした。実際に生で機体をみる経験は、歴史の教科書を何回も往復するに勝る経験だった。

B29

B29

機首にはENOLA GAYの表記がある

B29

B29

B29

機体中央下には銃座がある。その前方にあるのが爆弾倉。

B29

B29

B29の尾部には銃座がある
翼の下には旧日本軍の機体も米国・英国の機体に並んで展示されている

コクピットを覗くことができる

コクピットの中央には照準器が鎮座している。この照準器はシリコンバレーのコンピュータ歴史博物館に展示されているものとおそらく同型(Nordrn Mark XV bombsignt)。
シリコンバレーのコンピュータ歴史博物館に展示されているNordrn Mark XV bombsignt。1930年からベトナム戦争まで軽重爆撃機で使われていたとのこと。第2次世界大戦時のドイツ軍も類似の照準器を使っていたようだ。

コクピットのパノラマ写真
中央の照準器は"Norden Bombsight"となっている。

ちなみにもう一機の原爆投下機であるBOCKSCARはオハイオ州の国立アメリカ空軍博物館に展示されている。この機体を見学される方々に少しでも原爆を投下された下の街の様子も知って頂けたらと思いながら機体をあとにした。

B-29 (航空機) - Wikipedia

 

Sikorsky JRS-1

JRS-1は飛行艇で1938年から1944年にかけて運用された。展示されている機体は真珠湾攻撃の際に日本艦隊の捜索を行なった。武装がまだない状態だったため、当日の操縦士は後年表彰されたそうだ。引退役後に長年屋外保存されたため、かなり荒れてはいるが、2025年末より数年にわたる修復のために展示場を外れた。なお、現役時は機体上部が銀、垂直尾翼が緑の塗装だったよう。

https://airandspace.si.edu/collection-objects/sikorsky-jrs-1/nasm_A19610112000

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P-38J Lightening

P-38は1941年に運用開始され、爆撃機の護衛などに欧州で使われた。ベルリン上空を初めて飛行した連合国機は同型機である。山本五十六搭乗機を撃墜したのも同型機によるものだ。星の王子様の作者であるサン・テグジュペリは、ヴィシー政府が治めていたフランスからアメリカに亡命し、フランス内陸部を偵察するために1944年にボローニャから同機の偵察機版であるF5-Aで飛び立ち、帰らぬ人となった。撃墜したとされるドイツ軍パイロットはテグジュペリの読者と救いのない話である。

P-38 (航空機) - Wikipedia
アントワーヌ・ド・サン=テグジュペリ - Wikipedia

P-38J Lightening

P38-J

P-40E
鮫の口の絵が描かれた米軍初の機体。1938年に初飛行し、太平洋戦争ではフィリピン、ニューギニア、ソロモン諸島で任務についたようだ。

P-40 (航空機) - Wikipedia

P-40E

P-40E

F4U-1D

第2次世界大戦から朝鮮戦争にかけて任務についた。太平洋戦争では空母から飛び立ってソロモンやラバウルで旧日本軍と交戦した。

F4U (航空機) - Wikipedia

F4U-1D

F4U-1D

P47-D Thunderbolt

主に第2次世界大戦の欧州戦線で活躍した。1941年に初飛行し、太平洋戦線ではパプアニューギニアで日本軍(一式戦「隼」三式戦「飛燕」)と交戦した他、本土空襲に参加した同型機が機銃掃射を行ったとの記載も見られる。

P-47 (航空機) - Wikipedia

P47-D Thundrbolt

飛燕@岐阜かがみはら航空宇宙博物館
かがみはら航空宇宙博物館はスミソニアン航空宇宙博物館と提携している

P51

B29による本土空襲の際の護衛の戦闘機として使用されたのがP51だ。日本各地に残る機銃掃射の弾痕は同型機によるものが多い(伊勢大橋半田赤レンガ建物、三ノ宮ガード下など)。スミソニアン別館に展示機はあるが天井から多数の機材と吊るされている。それとは気づかず撮影はしておらず... B707付近にある赤い機体が特徴。

P-51 (航空機) - Wikipedia

画面左上に見切れているのがP51

JR三ノ宮駅ガード下に存在する機銃掃射跡。

SB2C Helldiver

S2BCは1940年に初飛行し、太平洋戦争で太平洋各地および日本本土空襲で任務に当たった。これまで紹介してきた他の戦闘機よりかなり大型であり、空母に翼を折りたたんだ状態で搭載される。爆弾は胴体下部の爆弾倉内に搭載する。戦艦大和や武蔵の撃沈の際に急降下爆撃などを行った。

SB2C (航空機) - Wikipedia

SB2C

SB2C
後部には着艦用のフックがある

B17

展示はされておらず、整備中だった。1938年に運用開始された。機体は与圧・密閉されておらず、防寒装備が必要だった(B29は与圧されている)。4発エンジンを備えており、冗長系が高かった。B17は主にドイツの爆撃に使われ、P51が護衛に当たった。B29が本格的に運用を開始する前に、ドイツは降伏したため、後継のB29はドイツで使用されなかった。B17は太平洋戦争でも使用されたが、B29に置き換えられていった。

B-17 (航空機) - Wikipedia

B17
胴体だけが残っているように見えるが、右後方に主翼もある。

最後までお付き合いいただきありがとうございました。